日誌

これでいいのだ!

 今日10月31日は、語呂合わせで「テン・サイ」と読み、「天才の日」だそうです。昨年は、ハロウィンについて書きましたので、他に何かないかと探して見つけました。皆さんは、「天才」についてどんなイメージをもっていますか?天才に生まれたかったですか?まず、以下の天才についての文を読んでみてください。共通していることは何でしょうか?

〇 天才は1%のインスピレーションと99%の発汗(パースピレーション)である。 エジソン

〇 努力だ。勉強だ。それが天才だ。だれよりも、3倍、4倍、5倍、勉強する者、それが天才だ。  野口英世

〇 天才とは、努力する凡才のことである。私は天才ではない。ただ人より長く問題と付き合っているだけだ。  アインシュタイン

〇 どれだけの労力を注ぎ込んだかを知れば、天才なんて呼べないはずだ。 ミケランジェロ

〇 必要なのは才能じゃない。練習、練習、練習、それだけだ。 マイルス・デイヴィス(ジャズ・トランペット奏者)

〇 甲子園は天才も待っているが、甲子園は努力で磨いた普通をいちばん待っている  阿久悠(作詞家)

〇 努力せずに何かできるようになる人のことを『天才』というのなら、僕はそうじゃない。努力した結果、何かができるようになる人のことを『天才』というのな   ら、僕はそうだと思う。人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです。 イチロー

 以上の文の中で、特に有名なのはエジソンの言葉ですが、「発汗」は言い換えれば「努力」です。天才は持って生まれた才能だけの人を指すのではなく、とんでもない努力をした結果すごいことができるようになった人を指すと言えるのではないかと思います。本当に能力のある人は謙虚であることが多いですが、天才と呼ばれる人も本人は自分のことを天才どころか凡人であると思っていることが多いようです。才能に恵まれていたことよりも、目標に向かって好きなことを地道に努力し続けられる能力があったからと思っているみたいですね。ポール・ヴァレリー(仏詩人)は「世の中には創造する天才があるように、探す天才もあり、書く天才があるように、読む天才もある。」と言っていますが、人は多様な才能があると考え、自分の才能を信じて努力して育てようとすることが大事ではないでしょうか。最後に、才能と仕事について述べた文を紹介しますので、先日の仕事について述べたブログに引き続き考えてみてください。

〇 『自分が好きな仕事、楽しい仕事を選びなさい』という人もいるけれど、それは天才だからできること。われわれ凡人が現況の未熟な判断力で、『楽しい仕事』を選んだとしても、うまくいかないことも多い。それより、任された仕事を苦労してこなすうちに、だんだん楽しさがわかってくるほうがいい。

〇 人の総合的な能力の差というのは、天才は例外としても、秀才を含めてせいぜい五倍、普通は二、三倍程度の違いしかありません。しかし、ヤル気、意欲、意識の差は百倍の開きがあると感じています。ですから採用は能力よりヤル気を重視したほうが、はるかに戦力になります。 日本電産社長永守重信