日誌

2023年3月の記事一覧

あたたかき われらが団居

 本日は、令和4年度終業式と離退任式が行われました。今回は大会議室からのリモートではなく、今年度最初で最後の1、2年次生全員が体育館に集まっての式ができました。終業式の前に有志の生徒40名が混生四部合唱で校歌を披露してくれました。本校の校歌は、曲も歌詞も美しく優しいイメージですが、素晴らしくきれいな歌声を聞かせてもらいました。有志の皆さん、ありがとうございました。離退任される先生方も、吹奏楽部の演奏で1、2年次の生徒全員による校歌によって送ることができ、よい離退任式ができたと思います。それぞれの先生の離退任の挨拶から太東と生徒たちを愛する気持ちが伝わってきました。生徒の皆さんも、それを感じ取ってくれたものと思います。やはり、リモートでは空気や熱量というものは伝わりませんので、生徒と教職員の温かい拍手で、異動される先生方を送ることができてよかったです。令和4年度の校長のつぶやきは本日で197回となり、最後となります。1年間読んでいただいた皆様、ありがとうございました。令和5年度は1学期始業式の日から再開します。本校のニュースを、いち早く発信していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

先輩から後輩へ

 今日は、卒業生33名が在校生のために「卒業生からのアドバイス」という進路行事のために来校してくれました。1年次生は体育館で、2年次生は各クラスに分かれて座談会方式で実施しました。プライベートな時間を割いて後輩のために集まってくれた卒業生の皆さんに感謝です。身近な先輩方が、高校時代にどのようなことを考え、勉強と部活の両立を図っていたのか、自分に合ったどのような勉強を工夫していたのか、が聞けてこれから残りの高校生活の過ごし方の参考になったと思います。ぜひ、今度は1、2年次生の皆さんが後輩のためにアドバイスできるように、進路実現に向けて頑張ってください。それと、今日の入学者選抜合格者説明会に来た皆さん、来月10日は入学式です。最高の高校生活のスタートができるように準備してください。

「幸」と「辛」

 昨年4月27日のブログで「吐く」から「マイナス」をとると「叶う」になるという話を書きました。漢字ができたときに「マイナス」という観念はないので、完全にこじつけですが、妙に納得できるきれいさがありました。同様に「幸」は「マイナス」をとると「辛」になります。「叶う」と同じ論理ではおかしくなります。では、「辛」に「一」を足すと「幸」になると考えるとどうでしょうか。この「一」が何を意味するかは、人それぞれでしょう。細かいことを言えば「一」ではなく部首の「なべぶた」が乗る感じですが、そこは突っ込まないでください。私は「辛い」は、どちらかと言えば、肉体的よりも精神的に苦しいときに使う気がします。辛い時に自分で何をすれば「幸」に変えられますか。また、人からどんな言葉をかけてもらえたり、どんなことをしてもらえたりしたら「幸」になりますか。ザ・ブルーハーツの「情熱の薔薇」という曲に「なるべく小さな幸せと なるべく小さな不幸せ なるべくいっぱい集めよう そんな気持ち分かるでしょう」という歌詞があります。皆さんは、この気持ちがわかりますか。

MSJC

 今日は、漫画週刊誌の日だそうです。1959年(昭和34年)のこの日、日本初の少年向け週刊誌『週刊少年マガジン』『週刊少年サンデー』が発刊されました。当初は、『少年サンデー』が部数でリードしていたそうですが、1965年(昭和40年)のちばてつや「ハリスの旋風」を皮切りに、「巨人の星」「あしたのジョー」の2大スポ根マンガで一気に少年雑誌としての地位を不動のものとし、その後「ゲゲゲの鬼太郎」「天才バカボン」なども連載を始め、1967年(昭和42年)1月にはついに100万部を突破しました。漫画雑誌で100万部というのは、当時としてはすごいものでした。1969年には「ジャンプ」と「チャンピオン」が週刊漫画雑誌として創刊され、4強がそろいました。私が、少年漫画週刊誌を読み始めたのは、小学校4年生くらいでしたが、「サンデー」「マガジン」「ジャンプ」「チャンピオン」を友達から借りて読んでいました。当時は確か一冊70~90円くらいで、私が小学校6年生のとき120~130円くらいだったと記憶しています。お小遣いが月1000円でしたので、なかなか買うことはできませんでした。当時は、「ジャンプ」が月曜日、「サンデー」と「マガジン」が水曜日、「チャンピオン」が金曜日に発売されていました。なぜ、「サンデー」は水曜日なんだ?と思っていましたが、「サンデー」という誌名は「この雑誌を読むとまるで日曜日のように楽しい気分に浸れるように」という理由で初代編集長・豊田亀市が名付けたものだそうです。

 この後、少年月刊誌、少女漫画週刊誌、青年誌など漫画雑誌が多数発刊され、電車の中で漫画雑誌を読む大人の姿が嘆かれるようになりました。要は、漫画は低俗なもので、いい大人が読むなんて情けないということです。しかし、その低俗なマンガの少年ジャンプは、1995年の3ー4合併号で653万部発行され、ギネスにも登録されており、この記録は未だ破られていません。クールジャパンの代名詞ともいうものが日本の漫画文化です。大人が読んでも面白い、感動できるのが日本の漫画です。日本の漫画の原型は、平安から鎌倉時代にかけて描かれた「鳥獣戯画」にあると言われますが、1000年の時を経て日本の漫画の表現技法は、擬音や心理描写などに他国では見られない独特のものに発達しました。4コマ漫画の落ちのセリフを考えさせたり、1ページ分のセリフを英訳させたりする授業がありましたが、思考力・表現力が育まれると思います。また、漫画を小説に直したり、小説を漫画にしたりすることも表現力を鍛える勉強になると思います。何事も勉強になると思えば、勉強になるものです。皆さんも「〇〇の勉強は役に立たない」とは思わず、若い内は貪欲に色々なものを吸収するようにしてください。

うわさを信じちゃいけないよ♪

 皆さんは、日本史や世界史、そして政治経済などで「金融恐慌」や「世界恐慌」を学んだと思います。「金融恐慌」とは、天災・内乱、景気の悪化などで、企業を結ぶ貸借の決済が不可能となり、信用関係が急激に崩壊して、預金の取り付け、銀行の支払停止および連鎖倒産などで、金融界全般に混乱が起こることです。日本では関東大震災からの「震災恐慌」、その後の「金融恐慌」が有名です。

 信用経済と言われる経済活動の中で、多くの企業と金融機関が関係してお金とモノ・サービスが世界中で取引されています。ただ、お金そのものには価値はありませんので、モノ・サービスの供給量によっては、お金の価値が暴落するということが起こります。先日、3月10日にアメリカのシリコンバレーバンクで預金者の取り付け騒ぎが起こり、経営破綻に追い込まれました。日本では1927年に大蔵大臣の失言から銀行で取り付け騒ぎが起こり、昭和金融恐慌に発展しました。銀行が倒産するかもしれないと思えば、預金者が自分の預金を確保するために引き出しに走るのは、当然です。アメリカでは預金が3000万円までなら法的に保護されるのですが、シリコンバレー銀行の9割の預金は3000万円以上だったため、預金者を守ることで危機を回避しようと「預金全額を保護する」という異例の措置で収拾を図りました。金融機関が本当の危機にあるのか、それとも流言(デマ)による危機の誇張かに関わらず、預金が大量に引き出されて倒産に追い込まれるという事態が起こると、それは一銀行だけでなく連鎖して他の銀行や企業に及び、一国の経済だけでなく世界経済に影響を与えることもありえます。2008年のリーマン・ショックは世界経済に大きな影響を与えました。今回のシリコンバレーバンクの破綻は、主な取引先がIT業界であることから、事態は大部分がオンラインで展開されたことによるものです。大量の預金がオンラインで引き出され、その発端は非公開のチャットグループだったと伝えられており、SNSでパニックに火が付いて、預金引き出しが加速化しました。この事態を後に米下院金融サービス委員会のパトリック・マクヘンリー委員長は、「ツイッターにあおられた初の銀行破綻」と表現しました。世界恐慌の時のような大勢の預金者が銀行に詰めかけた取り付け騒ぎはなく(少しはありましたが)、昔とは様変わりしたようです。

 金融機関で、噂の恐さを物語る事件が昔ありました。1973年、登校中の列車内で高校生BとCが、豊川信用金庫に就職が決まった友人の女子高校生Aに対し「信用金庫は危ないよ」とからかいました。この発言は信用金庫の経営状況を指摘したものではなく、「信用金庫(などの金融機関)には強盗が入るため危険」という意味の冗談でしたが、Aはそれを真に受け、その夜、親戚に「信用金庫は危ないのか?」と尋ねました。Aは具体的な信用金庫の名称は言わなかったものの、親戚の人は豊川信金のことだと自分で判断して同信金本店の近くに住む親戚に「豊川信金は危ないのか?」と電話で問い合わせました。そこからは、噂に尾ひれがついて広まり、預金を下ろす人が殺到して取り付け騒ぎとなり、日本銀行と警察が動いて沈静化を図るという事態にまで発展しました。日本では、この事件より前の1971年に成立した預金保険法で、預金保険機構の裏付けのもと、預金保険制度に加盟している金融機関が破綻した場合、当時は100万円まで「預金者への保険金の直接支払い」が保証されていましたが、一般の認知度が十分ではなかったことも騒ぎが大きくなった原因です。現在は、1000万円まで補償されています。

 「火のないところに煙は立たない」とは言いますが、現在はSNSであっという間に様々なことが拡散される時代ですので、悪意のある噂が流されれば、それを消すのは容易ではありません。デジタルタトゥー(刺青)の名のとおり、ずっとデジタル空間に残り漂い続けます。飲食店が悪意のある口コミによって苦境に陥ることもあります。言葉にせよ、写真や動画にせよ、デジタル全盛の時代では、すべてのことを一度疑ってかかることが必要なのかもしれません。悲しいことですが、だまされないために。