日誌

榎本校長のつぶやき

ヒヤリ ハッと!

 最近、暗くなるのが早くなってきて、自転車通学の人は下校時に「こわいな」と感じることも増えてきたかなと思います。でも、車を運転しているほうもこわいんですよ。無灯火の自転車や上下黒のウェアでウォーキングしている人がいると、「事故にあいたいんか~い?」と突っ込みたくなります。私は、目の前で車の衝突事故を2回目撃しています。あと少しタイミングがずれていれば、巻き込まれていました。「あ~っ、ぶつかる、ぶつかる、ドーン」という感じで「全然、前を見てないだろ」というぶつかり方でした。時間に余裕がないと、どうしてもスピードを出したいと思ってしまいますが、急いでいる時ほど冷静にならないといけません。雨の日は特に自転車通学の人は気をつけましょう。自転車のタイヤを滑らすものはたくさんあります。学校の敷地内でも道路同様スピードを出して運転しないでくださいね。自分の安全は自分で守るしかありません。自爆事故はもちろん、もらい事故がないように周りに注意して登下校してくださいね。あと、ヘルメットをかぶりましょう。「つけててよかった」ですよ。

挨拶を進化させよう!

 今日は、県教育委員会から指導主事に来校いただきました。学校訪問と呼ばれるもので、学校の教育活動改善のための指導・助言をしていただくためのものです。生徒の皆さんの授業への取組や挨拶について、お褒めの言葉をいただきました。以前に学校評議員の方からも、挨拶についてお褒めの言葉をいただきましたが、さらに気持ちの良い挨拶が条件反射でできるように、意識してください。きっと、その習慣は今後の皆さんの財産になるはずです。それと、学校のウェブページの発信力について高評価をいただきました。生徒の充実した楽しそうな学校生活の様子が、学校行事や部活動の記事からよくわかるとのことです。先生方は、生徒の皆さんに色々な力をつけてもらうために、授業に学校行事に部活動にと日々頑張ってくれています。これからも、みんなで力を合わせて、太東をより楽しく充実した学校生活が送れる場所にしていきましょう。

過去と他人は変えられない?

 「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる」エリック・バーン(カナダ精神科医・心理学者) 

 有名な言葉なので聞いたことがある人も多いと思います。皆さんは、この言葉を読んだ時、「そのとおり!」と同意しましたか?それとも、「いや、違う」と否定しましたか。普通は、タイムマシンでもない限り過去は絶対変えられないと思いますよね。過去を変えるのと同じくらい他人を変えるのは難しいということを言っています。だから他人を変えようとして思い通りにいかずイライラするくらいなら、自分を変えたほうが精神的にいいよということですね。「いやなことは、その日のうちに忘れろ。自分でどうにもならんのにクヨクヨするのは阿呆だ。」と田中角栄は言っていますが、似たようなことを言っている人は他にもいます。過去のことをいくら悔やんだところで、過去は変わりませんからね。

 では、過去と他人を変えられると思った人は、なぜ、そう思ったのでしょうか。仏教学者の柴田泰山に次のような言葉があります。「こうありたい」という未来を決めれば、今ここですべきことが見えてくる。すると、過去に向き合う自分も変わり、やがて過去の様々な出来事の意味も変わる。だから過去は変えられる。

 事実は事実として存在しますが、それに対して幸・不幸などの価値付けをするのは人間です。自分の意識を変えれば、過去を変えることができるのです。他人にたいする意識も、変えることができれば変わるということです。すべては、自分次第ということですね。他人も過去も変えて、未来も変えられるように自分の意識を変えられるようになるといいですね。

日本の文化カラオケ

 生徒の皆さんの中で、カラオケをしたことがない人はどれくらいいるでしょうか。友達や家族、恋人と行くだけでなく、一人カラオケだってありです。今日10月17日は、「カラオケ文化の日」だそうです。「カラオケは我が国が生んだ最大の娯楽文化」との認識から、カラオケを通じた文化活動の支援や文化交流を行い、その普及を図ることを目的として一般社団法人・全国カラオケ事業者協会(JKA)が1994年に制定したそうです。カラオケは、スキヤキ、スシ、ゲイシャなどと同様、海外で通用する日本語です。カラオケボックスが普及していなかった昔は、飲食店で1曲100円払って歌っていたものです。近年のカラオケの進化には、すさまじいものがありますね。近いうちに好きな歌手の声で歌うことができるようになりそうです。コロナ禍で、私はもう2年半カラオケに行っていませんが、気にせず行っている人は行っているのでしょうね。私は、まだ立場上行き辛いのですが、2年生の皆さんも、修学旅行前にコロナに感染しないように自重してくださいね。コロナを気にせず、みんなが大きな声で歌を歌える日が1日も早くくることを願っています。

うまい話と断る力

 今日は、群馬県高等学校PTA連合会東毛地区指導者研究集会(長い!)というものがあり、出かけてきました。その後半で「成年年齢引き下げと若者の消費者トラブル ~親として知っておきたいこと~」という講演がありました。高校3年生は、未成年ではなくなるので、金銭トラブルに巻き込まれる人が増えます。結論から言うと、「うまい金儲けの話には絶対のるな」です。欲をかいて楽して儲けようと思えば、大体失敗します。最悪の場合、失敗するだけでなく友達も失います。それと、話の中で一番印象的だったのが、強く勧誘されると断れない人の割合が、全世代の中で10代、20代の人が大変多かったということです。あなたは、はっきり断ると悪いんじゃないかと思って、答えをにごして曖昧に答えてしまうほうですか?1989年に「NOと言える日本」という本がベストセラーになりましたが、日本人は自己主張が下手と言われます。よくとれば謙虚で奥ゆかしい、ことを荒立てるようなことは避ける、とでも言えるのでしょうか。「結構です」「いいです」という言葉は、「YES」「NO」どちらにもとれます。日本語には、曖昧でぼかす表現が多く、直接的な表現を避けて言葉と態度から察する文化があります。講演の中で、「先輩から誘われた時のセリフを考えよう」という質問がありました。先輩は「簡単に儲かる話があるんだ。この後、ご飯でも食べながら、一緒に話を聞かない?」と言っています。あなたなら、どんな言葉で断りますか?100%の正解というものはありません。ぜひ皆さんの断るセリフを教えてください。

趣味と仕事

 皆さんには、趣味がありますか?自己紹介で話したり、面接で聞かれたりしますよね。何か趣味がないと、つまらない人間みたいに思われるのが嫌で、とりあえず無難に「音楽鑑賞」とでもしとけ、みたいな人もいるかもしれません。私は、趣味って自分が好きでやっていることで、人に自慢したり、ひけらかしたりするものではないと思うので、「昼寝」とか「ボーっとしてすごすこと」だって全然いいのではないかと思います。若い芸能人が、似たようなことを言っていたので、同じことを考えている人も多いのではと思いました。ただ、趣味はある程度継続的にやっているものというニュアンスがあるので、「単に好きなもの」と「趣味」の分かれ目は、そこかなと思います。一番幸せなのは、趣味が仕事になることかもしれませんが、仕事になると辛くなることもあるので、趣味は趣味のままにしておきたいという人もいることでしょう。仕事がおもしろいので、ほかに趣味などいらないという人もいます。結局、仕事と趣味は、その人の生き方に関わってくることなので、何でもありなのかなと思います。ただ、自分の世界を広げるという意味で、いろいろなことにチャレンジして、それが趣味になったり、仕事になったりして誰かの役にたてたらいいなと思います。皆さんも、若くてエネルギーがあるうちに、いろいろなものに興味をもってチャレンジしてください。そして、趣味の合う友達を見つけてください。

真実はいつも・・・

 私は、専門が歴史なので歴史的に重要な出来事があった日は、記憶しているものも少なくありません。皆さんは、10月12日が歴史上どんな日か知っていますか? 1492年のこの日、イタリアの探検家・航海者クリストファー・コロンブスが率いるスペイン船隊が新大陸アメリカに到達したので、これを記念して10月12日は「コロンブス・デー」と呼ばれます。ただ、実際には最初に上陸したのはアメリカ大陸ではなく、西インド諸島でした。この日はアメリカの多くの州で祝日となっており、1970年より月曜休日統一法によって10月の第2月曜日となりました。現在、「コロンブス・デー」は、アメリカで多くの公共施設が定休日となり、企業や学校も休みとなる場合があるそうです。また、コロンブスの新大陸発見はスペイン王室の支援により達成され、スペインにとって中南米への植民地建設への第一歩を記した記念日でもあるため、10月12日はスペインでは「イスパニア・デー」という国民の祝日になっており、首都マドリードでは伝統的な軍事パレードが毎年行われているそうです。さて、私が、「コロンブス・デー」について書いたのは、別にコロンブスを讃えるためではなく、この象徴的な日を通して歴史の見方について考えてほしいと思ったからです。コロンブスの新大陸発見は、大西洋を横断する貿易の航路を見出すのには役立ちましたが、スペインの植民地化を進めるきっかけにもなり多くのアメリカン・インディアンの命を奪ってしまうことにもつながりました。アメリカにはコロンブス・デーに反対する人たちもいて、代わりにアメリカ先住民の日としてお祝いする州もあります。中南米全体の傾向として、スペインによる侵略と殺戮、略奪が始まった日として、特に先住民系の人たちによる抗議デモも行われています。歴史は、勝者によって書かれます。味方を変えると、コナンみたいに「真実はいつも一つ!」なんて言えないのです。歴史を勉強するときは、事実とされることを鵜呑みにせず、陽の当たらない裏にまで目を光らせることが大事です。色々な面で、プロパガンダに騙されないようにしましょう。

協働>競争

 「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という本が、2009年に刊行され、大変話題になりました。ベストセラーとなり、その後、アニメ化・漫画化・映画化もされました。ドラッカーは、マネジメントの大家であり、ビジネスマンなら彼の本を読んだことのある人は、多いと思います。マネジメントについては、たくさんの本が出ており、本質は同じですが、その方法は色々あります。マネジメントとは、「経営管理」や「組織運営」といった意味で、ヒト・モノ・カネを効率的に活用し、「目標」や「ミッション」の達成を目指すことです。日本型経営の特徴として、「年功序列型賃金」と「終身雇用」がありますが、経済のグローバル化によって「成果主義」が取り入れられるようになり、日本の職場も変わってきているかも?しれません。?と書いたのは、なかなかうまくいかなかったという記事を読んだことがあるからです。仕事の種類や業務内容が多岐にわたっているため、評価が難しいことや、短期で成果をださなければならず、長期的取組に支障がでるなどのデメリットがあげられました。社内の同僚との競争も激しくなり、職場の雰囲気が悪くなったということも言われました。この組織マネジメントが、学校に取り入れられるようになってからもう20年近く経ちます。

 新しい学習指導要領では、「協働」が重視されていますが、社会的活動というのは「協働」であって「競争」ではありません。集団で作業し、それぞれがその専門的知識や技術を提供しあい、その協働の成果はみんなで分かち合うのが理想です。

 こんな例え話がありました。Aくんはある教科でいつも100点をとる。Bくんは80点しかとれない。でも0点ばかりとっているCくんを気の毒に思って勉強の仕方を教えたので、Cくんは30点とれるようになった。受験の場ではAくんの評価が高いが、労働の場ではBくんの点数にCくんの点数が足されるのでBくんの評価が高くなる。

 この話を読んで、あなたはどう思いましたか?勉強でも、部活でも、学校行事でも「協働」が大事だと思いませんか?社会では、損得だけで動いていたら、「協働」なんてできませんし、大きな仕事なんてできませんね。

頼られるって嬉しい?

 中間考査が終わり、皆さん解放感に満ち溢れていることでしょう。ただ、これから新人戦がある部活の人は、早く練習したいのではないかと思います。ここのところ寒い日が続いていますので、受験勉強を頑張っている3年生、部活を頑張っている1、2年生、体調に気を付けてくださいね。

 今日は、午後から太田市立北の杜学園で太田地区中高生徒指導対策協議会があり、出かけてきました。北の杜学園は、太田北中が太田東小学校、韮川西小学校と統合して令和3年4月に開校した小中一貫校です。皆さんは、小学校1年生から中学校3年生までが同じ敷地内で、いろいろと関わりながら学校生活を送っている姿が想像できますか。学年が上の児童・生徒が、お兄さん・お姉さんになって頼られることで、自己有用感が育まれていきます。本校のサブリーダー制が、広い範囲で有効に機能している印象でした。説明を聞き、見学させていただき、子ども達の様子が非常にほほえましく感じました。本校には、リーダーシップがとれ、面倒見がよい生徒がたくさんいると思います。今後も、上級生の下級生への面倒見のよさを本校のよき伝統として伝えていってほしいと思います。この伝統は、卒業生が後輩のために非常に協力的であるということにもよく表れています。在校生の皆さんも、卒業後に後輩達への支援について頼られた際には、よろしくお願いしますね。

AIが止まらない

 先日届いた「月刊日本教育10月号」に、熊本市教育長の連載記事があるのですが、その中に完成度の高い絵を描くAI(人工知能)のサービスの話がありました。私も「AIが描く絵」で検索してみましたが、驚くほどの出来栄えで、短時間でできるみたいです。ただ、誰でもすごい絵が描けるわけではなく、ソフトウェアを使いこなす技術のほかに絵の才能もある程度必要なようですね。

 私が中3のときに読んだ筒井康隆の短編SF小説に「暗いピンクの未来」というのがありました。未来では、画家という職業はなくなってしまい、コンピュータが絵を描くようになり、デザインにも進出してきます。プログラマーの天下になるわけです。ただ、漫画家は生き残っています。40年以上前に、予言していたわけですね。パソコンを初めて買ったころ、ペイントソフトで、元絵を「印象派風」「水墨画風」「点描風」「水彩画風」「油彩風」などと、変えられるものが既にありました。AIを使って絵を描くようになっても、驚くほどのことではないのかもしれません。そのうち、AIを使ってヒット曲を生み出すのが、普通になってしまうかもしれません。よく考えたら、AIは、Artificial Intelligenceの略でart(芸術)が入ってるんですよね。

 これから、さらにAIが進化していくと、ロボットの開発と歩調を合わせて現在ある人間の仕事を徐々に奪っていくことでしょう。AIに代替できない人間の能力とは何か。これから皆さんに、身に付けることが求められる力とは何なのか。すぐ身につくことは、すぐ役立たなくなります。じっくり腰を落ち着けて、汎用的能力を育てていきましょう。

学問の本質

 今日から2学期の中間考査が始まりましたが、皆さん、勉強は計画的にできたでしょうか。今日は、高校で勉強している内容が人生で役に立つのかと、悶々としている人に少し例をあげてつぶやき?ましょう。
 一つ目は、1868年から1894年にかけて4回英国首相を務めたウィリアム・グラッドストンの逸話です。彼は、オックスフォード大学で数学の天才と呼ばれていましたが、大学に入る前は最も嫌いな教科が数学であり、そのせいで進級も危ぶまれていました。「数学のない学校に転校させてほしい」と父親に手紙を書いたくらいです。父親は「おまえは数学が嫌いだというが、本当に身を入れて数学を勉強したことがあるのか。(中略)不得意なものに挑戦してそれを克服することは、将来社会に出て、おまえが出会うかもしれない大きな困難をも克服することになる。転校を口にする前に、私の言うことをかみしめてほしい。」この言葉を聞いて、彼は数学に挑戦しました。どんな分野でも天才と呼ばれる人が生まれたときからそうだったわけではありません。自分のもっている能力や体力を十分出すために努力することの大切さをグラッドストンの逸話は教えています。
 二つ目は、企業が文系人材の採用で重視していることと、その理由です。重視するのは、「大学入試をきちんと突破した」ことなのです。言い換えると「受験勉強を最後までがんばれたか」なのです。三角関数や微分・積分は、一部の専門的職業を除き仕事で直接使うことや、日常生活で使うこともありませんが、それを理解できる能力や、理解はできないまでも公式を覚えて問題を解ける能力は、仕事でも有効で汎用性があります。勉強していることで、生活に直接役立たなくても、汎用的な能力育成に役立っていることがたくさんあるのです。私は、選択教科を極力少なくして昔のようにほぼ全てを必修にしたほうがよいと考えている人間です。地歴公民、物化生地、美術など、高校では全員が履修するべきです。文系理系分けもそうすれば、3年からで十分です。
 今、注目されているのは、数値で測ることが困難な非認知能力です。協調性、コミュニケーション力、主体性、自己管理能力、統率力、創造性、探究心などです。これらの能力は、学校での全ての教育活動を通して育まれていきます。文系理系は関係ありません。高校の時点で、全国一律に生徒を文系理系なんて画一的に分けるのは、世界でもおそらく日本だけのようです。(間違っていたら教えてください) 自分から興味をもって勉強することだけでなく、興味をもてなくても、やっているうちに面白さがわかるものもあります。若いうちは偏らずに幅広く勉強したほうがいいと思います。長いつぶやきになってしまいました。残りの定期考査、頑張ってください。

「あなたの長所は?」

 9月30日に、3年次生のLHRで、「心の教育」が行われました。 ストレスを感じた時に生じるストレス反応への対処法であるコーピングについてスクールカウンセラーの先生に講義・演習をしてもらいました。その中に「自分が短所だと思っているところが、見方を変えると長所になることを知る」という演習がありました。面接のマニュアル本は、たくさん出ていますが、短所を聞かれたときに馬鹿正直に答えるのではなく、長所にとれるように言い換えるというのは昔からありました。

 たとえば、「優柔不断」は「慎重すぎるところがある」、「あきっぽい」は「好奇心が旺盛なので、新しいものに気が移りやすい」などです。長所と短所は、背中合わせなので他人から見れば、その人に好意的かどうかで逆転すると思います。実は、多くの人は気付いていないかしれませんが、自分をよく知っているのは自分ではなく、周りの家族・友人・同僚です。人は、社会の中で生きているので、生きる行為が自己完結していない限り、自己評価でなく、他者評価によってその存在が認識されています。ですから、「自分は優しい」と自己評価していても、他者からそう評価されていなかったら、自分を客観的に見られていない、メタ認知ができていないということになります。イギリスの名門校の卒業までの目標に、「自己評価と教師の評価が一致すること」というのがあります。自分を客観的に見つめるということ、自己理解が、いかに難しいかがわかりますね。日本の小学校で、児童の長所について質問したとき、児童だけでなく保護者もあまり答えられなかったという笑えない話がありました。人は、お互いに評価しあって尊重しあって生きているので、必要以上に自分を低く評価することはありません。自分にも他者にも、マイナスをプラスに変えて評価できるようになるといいですね。

元気ですか!

 アントニオ猪木さんが、79歳で亡くなったというニュースが、連日報道されています。皆さんのような若い人でも「元気ですか~!」「元気があれば、何でもできる!」「1、2、3、ダ~ッ!」は、見たり聞いたりしたことがあると思います。ただプロレスラーとしての全盛期にタイムリーで見ていた人は、私と同年代以上でしょう。1970~80年代にプロレスブームがあり、個性的な外国人レスラーも多数参戦し、漫画の「タイガーマスク」が現実の選手として出てきたりしました。

 小学生の時に、プロレス技を休み時間に掛け合うことが流行りました。四の字固め、コブラツイスト、卍固めなどでしたが、足の骨を折る事故が起こり、禁止になりました。(笑) 仮面ライダーのライダーキックが禁止になったのと同じですね。プロレス漫画も多く、描かれました。「1・2の三四郎」「プロレススーパースター列伝」が、最も記憶に残っています。アニメは、「タイガーマスク」が正統的プロレスでは最初で最後かと思います。

 プロボクシングファンとプロレスファンは、真剣勝負か筋書きのあるショーかで喧嘩になることも多かったと聞いています。ただ、強靭な肉体がないとやっていけないのがプロレスラーであることは間違いありません。一般の人がやったら、すぐ病院送りになってしまうでしょう。

 ですから、アントニオ猪木さんが、55歳まで現役で活躍されたのは、すごいとしか言いようがありません。皆さんも、自分が元気であることは、もちろんですが、周りに元気を伝染させられる人になってほしいです。できる範囲で。

アントニオ猪木さんの御冥福をお祈りいたします。

うちの家族はみんなが悪い

 どこで読んだか忘れましたが、こんな話がありました。
 今日私が学校から帰ると、お母さんが「お兄ちゃんの机を拭いていて金魚鉢を落として割ってしまった」といいました。 するとお兄ちゃんは「僕が端っこに置いておいたから、僕が悪かった」といいました。でも私は思い出しました。昨日おにいちゃんが端っこに置いたとき私は「危ないな」と思ったのにそれを言わなかったから私が悪かったといいました。夜、帰ってきてそれを聴いたお父さんは「いや、お父さんが金魚鉢を買うとき、丸いほうでなく四角いほうにすればよかったなあ。お父さんが悪かった」といいました。そしてみんなが笑いました。うちはいつもこうなんです。うちの家はいつもみんなが悪いのです。

 この話を読んで、あなたはどう思いましたか。「気持ち悪い」「偽善的」と感じましたか。「みんな、人のせいにしなくてすごい」「お互いに思いやりがある」と思いましたか。よく日本人は「すみません」を連発する民族だと外国人には不思議がられるようですが、この話は日本人の国民性を大袈裟に表現しているのかもしれません。すべての家族がこんなだったら、「叱る」「怒る」状況は家庭にはなくなるのでしょうね、

 これと似た日本人の国民性を表す話として榎本博明(MP人間科学研究所代表)によるもので、『欧米などの「自己中心の文化」では、コミュニケーション能力は「相手を説得するための手段」であるのに対して「間柄の文化」の日本では、「よい関係を築くための手段」となっており、また、「対話」も欧米社会では「自分の意見を押し通すための手段」であるのに対して、日本社会では「相手と調和して落としどころを探るためのものである』というものがあります。日本は、聖徳太子の十七条の憲法の第1条にある「和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。」の文化が根付いている国なのでしょう。

クリーニングとアイロンがけ

 なるべく「今日は何の日」は使いたくないのですが、最近はつい頼りがちです。今日は「929」の語呂合わせで「クリーニングの日」だそうです。私は、大学から社会人にかけて1人暮らしをしていたので、アイロンがけも自分でやっていました。社会人になってからは、週に5枚はワイシャツのアイロンがけをするわけですが、ある日ふと思いました。ワイシャツ1枚のクリーニング代が120円なので5枚で600円です。5枚洗濯してアイロンがけする時間と手間を考えると、クリーニングに出したほうがきれいになるし、いいんじゃないかと。そして、クリーニングに出す味を覚えました。今は、アイロンがけは私の仕事なので、クリーニングに出さずにアイロンがけしています。ただ、スーツは流石にクリーニングに出していますが、ワイシャツと違ってクリーニング代が高いので「出さなくても別に大丈夫じゃないかな」と思ったりしますが、「1年に1回だから出すか」とあきらめて出しています。クリーニングのプロの人の技をテレビで見たことがありますが、お気に入りの服にシミがついたときに、とってもらえたら本当にうれしいと思います。どこの世界にもプロはいますが、日本人の職人魂と研究熱心さはすごいと思います。皆さんは、どんな道でプロを目指しますか。天職に巡り会えるように頑張ってください。

パソコンの思い出

 今日9月28日は、NECが1979年に初めてパソコンを発売したのでパソコン記念日だそうです。私もパソコンとは長いつきあいになりますが、初めて買ったパソコンは、NECのB5ノートブックでした。28歳の時で、当時30万円くらいしたのを覚えています。(なんと内蔵ハードディスクは540MBしかありませんでした。それでも当時は最も多いほうでした) 今はパソコンが高機能で安くなって、隔世の感があります。学校での生徒1人1台パソコンも実現し、1980年代のマンガに定期試験をパソコンで受けているシーンがありましたが、近い将来現実になりそうですね、私が自宅で使っているSONYのノートパソコンは、もう13年使っています。デザインが気に入っているのでWindows7のサポートも切られていますが、使い続けています。これまでに使っていたノートパソコンは全部で6台ですが、平均使用年数は3年くらいですので、今のパソコンの使用年数がいかに長いかがわかります。学校では、9月に校長室のパソコンがデスクトップからノートになり、ワープロソフトの一太郎が使えなくなって、仕事に大変支障をきたしています。ただ、これからウェアラブル端末が進化して、キーボードは消滅し、しゃべればすべて済む時代がくるのも遠くないかもしれません。私が退職する前には、無理でしょうが・・・。皆さんが、社会人になるころにはどんなパソコン環境になっているでしょうか。世界中の人と端末を介して普通に話せる日も、近いかもしれません。

「耳」+「目」「心」=「?」

 以前に「吐く」が「叶う」になることについて、こじつけだとわかっていてもわかりやすくて好きだと書きました。今日は、それと同じくらいわかりやすい漢字について書きます。皆さんは、音に関する「きく」という漢字をいくつ書けますか。「聞く」「聴く」「訊く」がありますが、普通に使うのは「聞く」ですね、人の話を真摯な姿勢で聞くことを「傾聴」といいます。カウンセラーの聞く姿勢が「傾聴」です。「聴」は、「耳」に「目」と「心」をプラスしてできています。「+」を「プラス」でなく「十分な」ととってもいいかもしれません。相手をよく見て、心を込めて聞くのが「聴く」です。教師に求められるのも、「聴く」です。生徒や保護者の話を、いかに相手が「よく聴いてもらえた」と思えるまで聞けるか。途中で口を挟まないで聞けるか。相手の話をよく聞いてこそ、それを材料として説得力のある話ができます。「話し上手は、聞き上手」という言葉がありますが、私が真っ先に思い浮かぶのは、明石家さんまさんです。彼は、しゃべりがすごい印象が強いですが、ゲストの話をよく聞き、それらを繋げられる頭の良さがあるから、たくさんの人の話をうまくまとめられるトークができるのだと思います。昨今の学校教育では、学び合う対話的活動が重視されていますが、話をよく聞いてくれる人には好感がもてますよね。皆さんも、自分の意見をよく聴いてもらえるように、相手の話をよく聴けるようになってください。

firework? flowerじゃなくて?

 雨が心配されていましたが、24日(土)の18時30分から大泉の花火大会が実施されました。刀水橋の東側が打ち上げ場所だったので、利根川を挟んで自宅からよく見えました。コロナで自粛になってから、今年は花火大会もやっと復活してきましたが、やっぱり実際の花火はいいですね。腹に響く「ドン!」という音が心地良いです。中心から円形に広がるのではないグラデーションの花火は初めて見ました。この2年で花火も進化していますね。全国で花火大会が中止になって花火師の方々もさぞかし残念だったと思います。花火師は一人前になるまで10年以上かかるそうで、以前にテレビで仕事の様子を紹介していたのを見ましたが、本当に職人芸で日本人の感性が生きる仕事だなと思いました。VRが進化していますが、まだまだ本物にはかないません。風、匂い、音、気温など花火の光だけでない要素まで再現できるまでは、まだまだ時間がかかるでしょう。

 花火大会が終わると、暗くなった夜空を見上げ「祭りの後の寂しさ」を感じます。お金と時間と労力をかけて作った作品が、一瞬で輝いて消え去っていく。演奏されて消え去っていく音楽に似ていると思います。花火は、作ってくれた花火師さんに感謝し、しみじみと余韻をかみしめて見たいものです。ちなみに花火は英語で「firework」(火の作品)だそうですが、火の職人さんが作った作品ということですね。花火大会で打ち上げられる花火もいいですが、コンビニ等で買えて、みんなで庭で楽しめる花火もいいものですね、みなさんは、今年は花火をしましたか。夏の終わりに線香花火もいいものですよ。

どこまで進む世界終末時計

 昨日は、国際平和デーについて書きました。今日は、世界終末時計について書きたいと思います。見たり、聞いたりしたことがある人もいると思います。核戦争などによる人類の滅亡(終末)を『午前0時』になぞらえ、その終末までの残り時間を「0時まであと何分(秒)」という形で象徴的に示している時計です。実際に動く時計ではなく、一般的に時計の45分から正時までの部分を切り出した絵で表されています。米国の雑誌『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists) の表紙絵として使われており、「運命の日」の時計あるいは単に終末時計とも言われています。創設された1947年には7分前で、その後1991年にソ連が崩壊した時に17分前になったのが最長で、2020年から100秒前になっており過去最短です。世界史を勉強して、第二次大戦後の世界で、どんなことが起こってきたかを知り、現在の状況がどうなのかを考えてください。特に日本周辺について。

紛争をなくすには・・・

 今日9月21日は、国際平和デー,世界の停戦と非暴力の日(International Day of Peace)だそうです。ウクライナとロシアは、戦争を停止したのでしょうか。
コスタリカの発案により1981年の国連総会によって制定され、当初は国連総会の通常会期の開催日である9月第3火曜日でしたが、2002年からは9月21日に固定されたそうです。2002年から、この日は「世界の停戦と非暴力の日」として実施され、この日一日は敵対行為を停止するよう全ての国、全ての人々に呼び掛けているそうです。

 私の漫画蔵書の中に「THE STAR」というものがあります。これは、演劇の素人が、世界的な俳優に成長する物語です。この最終回で、主人公が演技で世界中の紛争を停める話があります。漫画ではありますが、地球上のすべての場所から人類史上、初めて争いが消えたのです。残念ながら「平和のためには、とりあえず戦争が必要だ」という言葉もあります。日本では、江戸時代が泰平の世が長く続いた時代として記憶されていますが、そのために多くの血が流されました。そして、幕末にも多くの血が流されました。歴史や公民の授業を通して、平和を維持するためには、何が必要なのかを考えてください。