日誌

榎本校長のつぶやき

皆さんの土台は?

 今日は、最近の教育冊子や教育新聞で読んだ記事を元に皆さんに考えてほしいことを書きます。

 まず、コロナ禍で一人一台パソコンが教育現場で一気に進み、ICT活用が勧められている現在の日本ですが、効果とともにもちろん課題も出てきています。次の①②の記事を読んでみてください。

①佐藤学(東京大学名誉教授)によれば、PISA委員会によるOECD加盟29か国を対象とする調査報告(2015)によると、教室でのコンピュータ利用時間が長ければ長いほど学力が低下する結果を示している。アメリカに本社を置く大手コンサルティング会社であるマッキンゼー・アンド・カンパニーが2018年に51か国34万人の生徒を調査した報告(2020)では、教室のコンピュータは教師一人が活用するときにのみ若干の効果(プロジェクターとしての活用は効果)があり、一人一台使う場合最もダメージが大きい(アジア諸国でダメージが最も大きい)。 

②フィンランドは、欧州のデジタル経済・社会指数を示す「DES1」ランキング(2022)で1位を獲得したデジタル強国であるが、ノートとペンでじっくり取り組む時間が減り、画面上で次々とページをスクロールする作業が増えた。すると、子どもたちの集中力や忍耐力が低下した。教員らは、デジタルの過度な使用と集中力の低下に明確な因果関係があるとし、「人間の深い思考力が奪われている」と強い危機感を抱いている。

①②の記事を読んで、皆さんの反応は「え~っ!本当?」「そうだろうな!」のどちらでしたか。このブログには立場上なかなか書けないことも多いのですが、もし①が本当ならば、現在のGIGAスクール構想を見直さなければならなくなります。ただ、しっかり判断できるだけのデータが示されていないので、これらの記事だけではわからないというのが正直な感想です。こうした政策に関する記事を読んだ時に、利益を得るのは誰なのかという観点から考えることも重要です。歴史では、戦争の大義名分と本音(誰が利益を得るのか)を考えないと、戦争を防ぐためにどうしたらよいかを考えることができません。何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」ですので、ICT活用も他の活動とのバランスをとることが大事で、「特に義務教育においては慎重であるべきだ」とまとめてしまうのは簡単なのですが、皆さんはどう考えますか。それでは、次の③④の記事を読んでみてください。

③「『教育七五三』の現場から」(瀧井宏臣著)が刊行されたのは平成20年。同書は副題などで授業の内容を理解できない子どもの割合は、小学校3割、中学校5割、高校7割と指摘している。哲学者ホワイトヘッドは「あまりに多くのことを教えることなかれ。しかし、教えるべきことは徹底して教えるべし」と基礎・基本の重要性を説明している。

④「成長を欲する者は、まず根を確かにおろさなくてはならぬ」「上にのびる事のみ欲するな。まず下に食い入ることを努めよ」(『偶像再興』和辻哲郎) 確かな読み書きの能力は、思考や学習の基盤であり、個々人の一生を支える土台である。国語教育者大村はま先生は、卒業式で、「若い時は別れが悲しくて涙したが、後年には、これから世に出ていく子どもたち一人ひとりに、本当に確かな力を身に付けさせてやることができたか」という自責の念に駆られ、悔恨の涙に暮れたという。

 1学期に高校3年間で身に付けたい力について、皆さんにアンケートを採りましたが、それは中学校までに身に付けた力を土台にします。基礎・基本の重視は、教育界では当たり前のことですが、9月8日のブログで書いた「読み書き」が正にそれで、それがしっかり身につかないまま進級したり進学したりすれば、土台がしっかりしていないところに家を建てることになります。必然的に大きな家は建てられなくなります。

 コンピュータの進化によって、私が高校生だった頃と比較すると、世の中は大きく変わりました。これからも加速度的に変わっていくことでしょう。ただ、漫画や小説などで理想として描かれる世界連邦や国境のなくなった世界の実現は、宇宙人という黒船でも来ない限り、夢まぼろしのままかもしれません。日本という枠組みは続きます。ですから、母語をしっかりと身に付けることが、自分を大きくするための土台であることを自覚して、学習してください。日本語は、日本人としてのアイデンティティを形成している大事なものですから。

我が生涯に、一片の悔いなし!!!

 最近は、「今日は何の日」に頼ることが多くなってしまいましたが、本当に色々な記念日があるなぁと興味深く「雑学ネタ帳」を読んでいます。そして、今日は驚きました。まさか、漫画『北斗の拳』の日があるとは思いませんでした。記念日は2018年(平成30年)に認定・登録されたので、かなり新しい部類です。『北斗の拳』は『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載されていたバイオレンスアクションマンガです。1983年(昭和58年)9月13日から連載が始まりました。その時の私は20歳で、文中のイラストを描きました。今年2023年に『北斗の拳』は連載開始から40周年を迎えました。本校が開校して1年後に連載が始まったわけですね。

  『北斗の拳』は最終戦争後の199X年の暴力が支配する弱肉強食の世界を舞台とし、一子相伝の伝説の暗殺拳「北斗神拳」の伝承者であり胸に北斗七星の傷をもつケンシロウの生き様を描き、今なお人気があるマンガです。拳をくりだす時の「あたたたたっ!」や敵が体の内部から破壊されて死ぬ時の「ひでぶっ」「あべしっ」などの特徴ある声や「経絡秘孔の〇〇を突いた。お前はもう死んでいる!」というケンシロウの決め台詞は有名です。「キャプテン翼」や「スラムダンク」ほどではありませんが、このマンガもまた、『週刊少年ジャンプ』(集英社)掲載漫画に必要な三大原則として語られることが多い「友情・努力・勝利」の要素を満たしています。「キャプテン翼」や「スラムダンク」を読んでサッカーやバスケを始めた子どもはたくさんいて、現在プロの選手にも多くいます。漫画のもつ影響力は、日本だけでなく世界に拡大しています。様々な職業について描かれていますし、人生について考えさせられる漫画もあります。部活動や受験について描かれた漫画も多いです。ジャズのサックス奏者を主人公にした漫画で、脇役のウッドベーシストが、「いいミュージシャンかどうかは、もう一度聴きたくなるかどうかだ。うまいだけのミュージシャンには用がない。」と言っていましたが、漫画や小説にも同じことが言えると思います。繰り返し読みたいと思えるかどうかです。皆さんには、繰り返し読んだ小説や漫画はありますか。自分に影響を与えた言葉、心の中に大切にしまっている言葉はありますか。ちなみにタイトルの言葉は、ケンシロウの兄ラオウの言葉です。※イラストのPLOWは、北斗七星の意味ですが、あまり使われる単語ではありません。「Big Dipper」より収まりがいいのでこちらにした記憶があります。

苦しさ < 楽しさ

 今日は、マラソンの日です。マラソンの名前の由来と、42.195kmという中途半端な距離の理由は、以下のとおりです。ただし、真偽のほどは定かではなく諸説ありますので、御注意を。

 紀元前450年の9月12日、アテネのマラトンに上陸したペルシャの大軍をアテネの名将が撃退し、アテネの勝利を告げるために兵士が伝令となってアテネの城門まで走り、絶命したという故事があります。その故事から1896年にアテネで第1回オリンピックが開かれるに当たり、マラトンからアテネ競技場までの約40kmの競走が加えられ、初めての「マラソン競走」が行われたそうです。私も調べて驚いたのは、1920年の第7回オリンピックまでは距離の統一はされておらず、約40kmであればよいとされていたことです。そんないい加減なと普通は思いますよね。同じ距離を全員で走ればよいという認識だったようです。規格統一が検討されたのは、1924年の第8回パリオリンピックからで、その際に1908年の第4回ロンドンオリンピックのマラソン距離42.195kmが採用されて、現在に至るそうです。実は、当初41.843kmの予定だったのが、王妃がバルコニーから見物できるようにスタート地点を変えたため0.352km延びて42.195kmになったという説があります。

 私は、10kmを4回走ったことがあるだけで、マラソンを走ったことがないため、どれだけ苦しく大変かはわかりません。ただ、長距離走が自分のペースをわかった上で走らなければならないことや、苦しくて止まりたいという気持ちとの闘いではないか(個人差はあると思いますが)ということはわかります。心と体の忍耐力を同時に鍛えられるのが、マラソンなのではと考えます。交通事情の変化によりマラソン大会が実施されなくなった高校もありますが、マラソンに限らず同様な学校行事は少なからず必要ではないかと思います。忍耐力というのは一朝一夕に身につくものではなく、小さい時から少しずつ身に付けていくものです。アメリカでは肥満の子どもに運動してもらうために任天堂のwiiスポーツを取り入れているというニュースを昔見ました。苦しいだけでは長続きしないので背に腹は代えられないという思いで取り入れたのだと思いますが、苦しさよりほんの少し楽しさが勝るような活動がいいなと思います。2学期は、体育的行事として球技大会とマラソン大会がありますが、それぞれ何のためにやるのかを皆さん一人ひとりに考えてほしいです。

 今日は、また「ク(9)イ(1)ズ(2)」と読む語呂合わせから「クイズの日」でもあります。日本は、クイズ番組が人気があるので、昔からあったと思いきや2021年に認定されたばかりだそうです。

 クイズの魅力、面白さ、奥深さをさらに多くの人に知ってもらうのが目的だそうですが、子どもだとクイズより「なぞなぞ」のほうが身近かもしれません。知識があれば、すぐ答えられるものと考えないと答えられないものの二種類に分かれると思いますが、この記念日を提案した日本初のクイズの総合商社として知られる株式会社キュービックは、クイズを『「問い」と「答え」で構成されたコンテンツの総称』と定義しています。これからの皆さんに求められているのは、自ら「問い」を設定する力、課題を発見し、解決する方法を考える力です。この場合、答えは一つではありません。ですから、現実社会はクイズとは違います。多くの知識があったほうが、課題解決のために活用できる武器が増えるので、多いにこしたことはありません。逆に知識を活用して結びつけ、新たなものを創造できなければ、せっかく知識を身に付けても無駄になってしまいます。以前にも書きましたが、スマホやパソコンですぐ調べられるから覚えることは少なくていいというのは間違っています。様々な知識が自分の中にあって思いもしないところで結びつくからこそ、それらが反応して新たな考えが生まれるのです。クイズ番組を見るのでもいいので、考える習慣を増やし、インプットとアウトプットをバランスよく行い、脳の活性化を図ってください。苦しさより楽しさが勝るように勉強も部活も考えてやってください。

読み書きができるって幸せなんだよ!

 皆さんは、1800年代後半(江戸時代後期)の日本人の識字率が世界一だったことを知っていますか?当時の日本全体で50%くらい、江戸に限って言えばおそらく70%を超えていたのではと言われています。同じ頃のロンドンが20%ほどだと言われています。今日は、国連教育科学文化機関(UNESCO、ユネスコ)が制定した「国際識字デー」です。1990年(平成2年)は「国際識字年」でした。ユネスコでは、識字率を「日常生活の簡単な内容についての読み書きができる15歳以上の人口の割合」と定義づけています。1965年(昭和40年)の今日、イランのテヘランで開かれた世界文相会議でイランのパーレビ国王が軍事費の一部を識字教育に回すことを提案しました。「国際識字デー」はこれに由来し、世界の識字率の向上を目的としました。また、世界中の国や人々に識字の重要性を強調する日でもあります。この国際デーや国際年のような取組により世界の識字率は着実に向上していますが、世界には紛争や貧困、差別などが原因で、読み書きのできない人が約8億人いると言われています。そして、その3分の2が女性です。日本も昔は、女性には学問は必要ないと言われていた時代がありました。識字率が低い国はアフリカなどの開発途上国に集中しており、国の経済発展にも影響を及ぼしているのです。

 皆さんは、毎日当たり前のように日本語を読み書きしていますよね。それは小さい頃から、勉強できたからです。もし、読み書きができないとどうなるでしょうか。薬の注意書きが読めなかったら、様々な製品のマニュアルが読めなかったら、役所や学校等に提出しなければならない文書が読めなかったら、契約書が読めなかったら、申請書や申込書などに書けなかったら、カラオケで画面の歌詞が読めなかったら(笑)・・・、SNSも使えません。読み書きにもレベルがありますので、兵士が兵器のハイテク化についていけず、マニュアルが読めないので操作の仕方がわからなくて困っているという笑えない話もあります。「読む・書く」と「聞く・話す」は別物でしょうか。翻訳機がすごく進歩しているので、しっかり話すことができれば意思の疎通はできると思います。話すことができれば、音声認識ソフトで文章に起こすこともできます。文章を読み上げてくれるソフトもありますので、字が読めなくても済む時代がくるかもしれません。でも、それで大丈夫ですか。最初は、親が話すのを聞いて、まねてしゃべるようになります。そして、母語を使って「読む・書く」ことを通して脳が発達し「考える」力が養われると私は考えます。「聞く・話す・読む・書く」は段階的に身に付き、高度になっていくと考えます。国語の学習は、社会で生きる上でのすべての活動の基盤となるものですので、疎かにせずできるだけ高めるように取り組んでいきましょう。AIにとって代わられないように。

鳥が窓にぶつかるくらい・・・

 本日、3日の日曜日にあった金山清掃に青藍同窓会で参加したことについて、本校ウェブページの卒業生サポートの中の青藍同窓会にアップされました。開会行事の清水市長の挨拶の中で、青藍同窓会の旗と太田東高校に言及してもらえましたので、ちょっぴり宣伝になったかもしれません。呑龍様(大光院)から出発して、金山の頂上までゴミ拾いをし、新田神社でお参りをして下山しました。山道がきついのは仕方なかったですが、ゴミが落ちていないので、用意した燃えるゴミと燃えないゴミ用の袋が空気しか入っていない状態が続きました。「何か落ちてないか」と宝物でも探すかのように登っていき、缶やびんが見つかると歓声があがるほどでした。私は、土に埋もれた大きいビニール袋をゲットして何とか体裁を保ちました。

 日本は空港から道路までゴミが落ちていなくてきれいだと、訪日外国人は驚き、国際大会などの後に客席やロッカールームをきれいにして帰る日本人の行動がニュースになり、日本人のマナーのよさが世界中に知られるようになりました。スボーツにおけるグラウンドやコートの整備、武道における道場の掃除、工場などの製造現場での職場環境改善のための活動である「整理」「整頓」「清潔」「清掃」「しつけ」の5Sなど、日本人のきれい好きは身の回りのあらゆるところに表れています。教育現場でよく使われる「時を守り 場を浄め 礼を正す」の「場を浄め」は、人々の生活の場をきれいに保つということから「人のために尽くす」という意味なのだそうです。生徒の皆さんには、毎日太田東高校をきれいにしてもらっており、感謝しています。自分たちの使う場所は自分たちできれいにするという精神のもと、小学校から日本では清掃活動を教育に取り入れていて、当たり前と思っていますが、児童・生徒が学校の清掃をすることに教育的意義をもたせている国は、世界では少数派です。自分たちできれいにすれば、汚そうとは思いませんよね。

 16日にはオープンスクールがあり、皆さんの将来の後輩候補が本校を訪れます。生徒が通る廊下や窓をできるだけきれいにして、気持ちよく見学できるように迎えてあげましょう。よろしくお願いします。

まっくろくろすけのイメージは?

 今日は、9月6日なので、予想通り「黒」に関する記念日が多かったです。皆さんは、黒という色に対してどんなイメージを持っていますか?「クール(カッコいい)」それとも「闇」? そのイメージはどこからきていますか?

 昔、1950~60年代前半にイスラーム教信仰をもとにしたブラック=ムスリム運動を指導し、アメリカの黒人差別に対して戦ったマルコムXという人がいました。彼は、キング牧師らの非暴力主義による公民権運動とは一線を画し、白人に対する敵意を隠さずに運動を進め、暴力も肯定しました。残念ながら二人とも暗殺されてしまいました。彼には獄中で辞書の「ホワイト」と「ブラック」のところを読み、「ブラック」には悪いイメージが多く、「ホワイト」にはいいイメージの意味が多いことに怒ったエピソードがあります。白人によって黒が悪いイメージを植え付けられていると考えたのです。

 2020年の「ジョージ・フロイド事件」で有名になった「Black Lives Matter」とは、アフリカ系アメリカ人に対する警察の残虐行為をきっかけにアメリカで始まった人種差別抗議運動です。訳としては「黒人の命を粗末にするな」が適切という意見があります。アメリカの人種差別は黒人だけでなく、移民すべてに差別の歴史があります。もちろん、その中には日系人差別もあります。            

 話を元に戻しますが、「黒」という色自体に罪はありません。すべては人間が価値付けたことから問題が生じます。特定の価値観や偏見にとらわれないことが大事なのであって、アメリカと違って日本では黒人に対する差別がほとんどないと、黒人の人が言っている動画をいくつか見ました。色の話が、人種差別の話になってしまいましたね。「十人十色」という言葉がありますが、現在は多様性を認め合う方向に世界は進んでいます。「理性」の力によって、人種だけでなく個性の違いを認め合い、差別や争いがなくなる日がくることを願っています。皆さんも、多面的多角的に物事を見る目を養って、自分の中の色眼鏡をはずせるようになってください。

ミライを、明るい希望で満たそう!

 今日は、国民栄誉賞の日だそうです。生徒の皆さんの年代だと「国民栄誉賞をもらった人は誰が思い浮かびますか?」と聞かれたら、最近の羽生結弦さんか国枝慎吾さんになるのでしょうか。私が印象に残っているのは、団体として唯一受賞している女子サッカーチームですね。記念日としては1977年の今日、2日前の9月3日に通算ホームラン数756本で世界最高記録を作った王貞治選手が、日本初の国民栄誉賞を受賞したことによって定められました。「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉をたたえること」が目的で、これに該当する個人や団体を内閣総理大臣が随時、表彰することとなっています。過去に受賞した人をスポーツ分野と文化分野に大きく分けると、前者が14、後者が13で、多いのはプロ野球選手の4人と作曲家の4人です。芸能関係は俳優4人に歌手2人、冒険家はスポーツ分野に入れ、囲碁・将棋・映画監督は文化分野に入れました。将棋と囲碁は、頭の格闘技なのでスポーツ分野に入れてもいいかもしれませんね。辞退した人は過去に4人います。イチローは3度も辞退しています。昔と比べて受賞年齢が若くなっている傾向があります。このように、明確な表彰基準がなく曖昧であり、表彰分野に偏りがあり恣意的になっているのではないかという疑問もあります。柔道少女を描いた漫画の「YAWARA!」の主人公猪熊柔の祖父猪熊滋悟郎の口癖が「オリンピックで金メダルをとって、国民栄誉賞じゃ!」でしたが、「ヤワラちゃん」の愛称で親しまれた谷亮子さんは柔道選手としてはオリンピックで2度、世界選手権で7度金メダルを獲得しましたが、国民栄誉賞は授与されませんでした。

 スポーツにはオリンピックやワールドカップなどに代表されるように政治利用の影がつきまといます。最近は商業利用の弊害も大きいようですが。ヒトラーのベルリンオリンピックは、国威発揚の宣伝に利用された最たるものであったと考えられています。ボイコットがあったモスクワやロサンゼルスも政治が絡んだ例です。4年に1度ですから、出られなかった選手は気の毒としかいいようがありません。1984年のロサンゼルス・オリンピックでは、大会組織委員会が徹底的な商業主義路線の運営を行い、現在の放映権料やスポンサー料などの高騰を招いたと言えます。

 スポーツの政治利用に関して「スポーツ・ウォッシング」という言葉があります。これは、米パシフィック大学教授のジュールズ・ボイコフ氏がオリンピックを批判する際の論点の一つで、権力者が自分たちに都合の悪いことをスポーツの喧騒で洗い流すという意味です。スポーツの健全なイメージを使って民衆の関心を集め、政治をはじめとする社会問題から国民の不満をそらそうとする手法です。国民の不満を政府から他国に向けてそらそうとする手法をとる国もありますね。

 国民栄誉賞の話が、いつのまにかスポーツの話になってしまいました。「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった」という趣旨に反対はしませんが、スポーツのイメージを高め、国民が生涯スポーツに親しみ、心身ともに健康が増進できるような政策を政治家は考えてほしいと思います。生徒の皆さん、自分が明るい希望をもって、スポーツだけでなく、自分の好きなことに打ち込んでください。そして、社会に明るい希望を与えることができるようになれれば最高ですよ。

Come on!レインサンダーズ

 今日は、久しぶりに朝から雨が降っていて、心配されていたダムの貯水率も少しは持ち直すかなと思いました。 

 昔(私が小学生だったころ)は、夏は暑くても30℃くらいだったのにもかかわらず、雷や夕立は今よりもずっと多かったように思い出されます。暑い日に、「今日も夕立はきそうにないねぇ」と妻と話しますが、妻も昔の方が夏は頻繁に夕立があったと記憶しています。今は昔よりはるかに暑くなっているのに、なぜ夕立は少ないのかわかりませんでした。そこで、ネットで調べてみたところ、「地球温暖化や都市化によるヒートアイランド現象で一日中気温が高く、早朝や夜など夕方に限らず積乱雲が発生しやすい。そのため、突発的な降水が増えました。いわゆるゲリラ豪雨です。夕立は、それに紛れてしまっているといえます」という回答を見つけました。つまり、暑くなりすぎたために夕立が夕方に起こる現象ではなくなってしまったというわけですね。ただ、場所によっては豪雨になっているところもありますが、今夏降雨自体が少なくなっていると感じるのは、高気圧のせいで雨のもとになる湿った空気自体が少なくなっているということなのでしょうか。中途半端な暑さの夏に夕立が起こりやすいと言われると、じゃあ今後は期待してもだめなのかと落胆します。群馬といえぱ、雷が有名ですよね。雷が恐い人には申し訳ありませんが、夕立と雷が復活してくれることを願っています。夕立がきたときの土の匂いと去った後の涼風を昔のようにもっと感じられるようになればと思います。

これから逆転の後半だ!

 3月は、大谷選手の活躍で野球のWBCが盛り上がっていましたが、最近はバスケットボールとラグビーのワールドカップの話題で盛り上がっていますね。私はバスケ好きなので、今のところバスケットボールの全試合を見ています。フィンランド戦の後半もそうですが、ベネズエラ戦の第4クォーターは本当に興奮しました。第4クォーターの最初で逆転は無理かなと思い書斎に行きましたが、何か気になって冷たいものでも飲もうとリビングに戻ったところ点差が縮まっていて、ちょっと見ていたら5点差までいって、これは逆転するのではと最後まで見ていたら、逆転どころか9点差をつけて勝利したのには「ミラクル!」と驚きました。本当にあきらめずに勝利を信じてプレーした結果、勝利の女神を呼び寄せたんだなと心底感動しました。そして、スラムダンクで安西先生が三井にかけた「諦めたら、そこで試合終了ですよ」の言葉を思い出しました。エンゼルスの大谷選手が、ドーピングの疑いをかけられていましたが、2021年のインタビューで「(無観客から有観客になってファンの声援は)一番のドーピングではないかと思っている。」という神対応がありました。今回のバスケも観客のすごい応援が選手を後押ししていました。生徒の皆さんも、勉強に運動に最後まであきらめずにお互いに鼓舞し合っていきましょう。国公立大学を目指す3年次生は、後期試験まで第一志望を譲らず貫いてください。応援しています。

オーストレイリラ!

  昨日の始業式前に、新しくALTとして赴任されたカーデン・ジェイムズ先生が自己紹介してくれましたが、オーストラリアのシドニー出身という情報しかありませんでしたので、ここで少し詳しく紹介します。ジェイムズ先生は、2017~2019年にかけて長崎の小・中学校でALTをされていました。母国ではスイミングスクールのインストラクターもされていたそうです。私は、30年前に新婚旅行で訪れたのがオーストラリアのシドニーで、思い出の地でもありましたので、ジェイムズ先生に「いいところですよね」と話しました。オーストラリアでは、オペラハウスやグレートバリアリーフ、それとコアラを抱っこしたことが記憶に残っています。

 日本は、1976年に日豪友好協力基本条約(奈良条約)を結び、オーストラリアとの文化的交流を深めました。また、2007年の「安全保障協力に関する日豪共同宣言」(2022年に改定)や、2015年の日豪経済連携協定(JAEPA)に示されるように、日豪関係はその後、重要な政治・安全保障分野の目的を含む、多角的で成熟した関係へと変化を遂げました。日本は1970年代前半、オーストラリアにとって最大の貿易相手国となり、以後26年間にわたってこの地位を保ち続けました。日本がオーストラリアから輸入しているものは資源が多いです。液化天然ガス・石炭・鉄鉱石・銅鉱などですが、地理の授業で勉強した記憶はありますか。日本語学習者の数で見ると、オーストラリアは世界第4位、10万人当たりの日本語学習者数は世界第1位になります。日本とオーストラリアの間には、実に107件もの姉妹都市・友好都市関係(101市区町・6都府県)が設立されています。また、姉妹校提携をしている学校は日豪二国間で550校にも上ります。実は、日本の学校の海外修学旅行先として一番人気があり、日本の学校の姉妹校の一番多い海外の国はオーストラリアなのです。今日オーストラリアにとって、日本はアジアで最も緊密なパートナーとなっているのです。

 右はオーストラリアの国旗ですが、 右の5つの星で南十字星を、左の大きな七稜星でオーストラリアの6つの州と特別地域を表わしています。 海洋国家で世界中に植民地を持っていたイギリスとの歴史的な結び付きは、左上のユニオン・ジャック(イギリスの国旗のこと)に見ることができます。世界にはユニオンジャックが国旗に入っている国が5つ、地域では20弱あります。ユニオンジャックは、以下のようにイングランド、スコットランド、北アイルランドの国旗や旗を組み合わせてできています。「ユニオン」は連合王国、「ジャック」は船首に掲げて国旗を示す旗の意味です。

  これから、授業でジェイムズ先生が色々話してくれると思いますが、皆さんからも積極的に質問してみてください。